Anthology - アンソロジー

書影

「魔法」と「学校」をキーワードにしたファンタジーのアンソロジー。

多くの人にとって、この二つの言葉から想起される本の筆頭はＪ．Ｋ．ローリングの「ハリー・ポッター」シリーズだろう。

編者ヘイニングも、各作品の序文の中で幾度となく「ハリー・ポッター」との類似性や関連性に触れている。

ファンタジーに最もよく触れる若い読者層にとって、「学校」という身近な舞台は、そこでの日常やステレオタイプな教師陣、更には自分に近しい年齢の主人公などによって自然な感情移入ができる土台となっているように思う。

編集者ヘイニングは、この本を編むことによってそんな若い読者層に向けてメッセージを送っているようだ。

巻末のダイアナ・ウィン・ジョーンズの紹介に、US News & World Report誌の「ハリーに夢中？　ダイアナを試してごらんなさい」という文を引き合いに出しているのは、「早くハリーの続刊を！」と叫ぶ若い読者達に、ファンタジーという分野がもっと遠大であることを示そうとしたものだろう。

もちろん、ヘイニングが想定している若い年代でなくとも本書は充分楽しめる。

個人的には「さがしものの神様」や「ダブラーズ」など、民間伝承に寄った作品が気に入ったし、「見えない少年」ではブラッドベリ特有のオチにニヤリ。

９：５と作家の性別比は均等ではないのだが、大鳥のＤＷＪを読んだ後では、（卑近だが）紅白歌合戦を思い出さずにはいられない豪華な顔ぶれを揃えたものだ。

書影

ファンタジー、ＳＦ、ホラーといったジャンルから、猫が主人公であるか重要な役割を果たしている短編を集めたもの。

収録作家の錚々たる顔ぶれを見ても極めて質の高いアンソロジーであることが見て取れるが、編者のはしがきによれば、本書を編むにあたって二百篇以上の小説を読んだそうで内実も優れたものとなっている。

構成として興味深いのは、大方の予想に反して、決して猫好きの読者に向けて編まれたものではないという点だ。

例えばスティーヴン・キングの「魔性の猫」は、猫の魔性の恐ろしさがこれでもかというくらいに描かれており、人によっては嫌悪感を持つほどの残酷な作品となっている。

まぁ、”ホラーの帝王”にかかっては、どんな素材でもそこに秘められた恐怖を引き出されずにはいられないようで、映画にもなった「クージョ」では同じように犬を扱っているので、単純に彼が猫嫌いというわけでもないのだろう。

一方では、猫好きなら思わず会心の笑みを溢すであろう作品も複数収められてもいるので、猫の好き嫌いに関わらず、面白くてかつ奇妙な味わいのある小説を求めている万人に向くと言える。

猫の特性を上手くとらえたものとしては、フリッツ・ライバーの「跳躍者の時空」が特に優れていると感じた。

ガミッチは、ＩＱ１６０の天才子猫なのだが、言葉こそ喋れないものの冷静に人間を観察しており、家族の中における自分のポジションについては独特の考えを持っていている。

ガミッチが＜馬肉の大将＞と呼ぶ家長とその妻＜猫こっちおいで＞には一目置いているものの、長女シシーのことはライバル視しており、＜赤ん坊＞に至っては自らの庇護の対象とまで考えているのだ。

人間と親密な関係を持って暮らす動物が、自分を人間だと認識してしまう例は実際にあるが、猫の場合は特によくある話ではないだろうか。

猫の行動に併せて物語を即興で作り出しながら、それを実況中継しているかのよな雰囲気に、フリッツ・ライバーのストーリー・テラーとしての力量を強く感じた。

書影

仮想の世界を複数の作家が共有して書き上げられたシェアード・ワールド型のアンソロジー。

巻末の付録「ライアヴェック創造神話」では、ジョイン・ヨーレンが本アンソロジーが生まれたきっかけを記しているのだが、パメラ・ディーンやスティーヴン・ブルーストなど、ミネアポリスに在住していた若手の作家達が集まってプレイしていたロール・プレイング・ゲームが母体となっているようだ。

そのままでは単なる手慰み的なものとなり、世に出ることはなかったかも知れないが、名編集者のテリー・ウィンドリングによって、他の作家にも声がかけられ、ライアヴェックという狭い＜ワールド＞ながら多様な作品群が集められている。

ライアヴェックは、フリッツ・ライバーの創造したランクマーにも似た猥雑な都市国家なのだが、そこに働く魔法の法則が独創的で、このアンソロジーに参加した作家達に多大なインスピレーションを与えている。

世襲統治者＜レヴァー＞から年期奉公の召使に至るまで、この街の住人は皆が自分の誕生日に特別な時間を持っている。

人々は、誕生時に母親が陣痛に苦しんだ時間と同じだけの＜誕生日の運＞の時間を持ち、＜誕生日の運＞を何らかの物品に＜封入＞することに成功すれば、魔法を使うことが出来るようになるのだ。

このような設定のため、どの作品の中でも主要な登場人物が誕生日を迎えているのだが、それぞれの作品は作家の個性が顕れてハードボイルド調だったり御伽噺風と様々である。

また、地理や歴史といった大枠だけでなく、登場人物の何人かについても＜シェア＞されているのは驚いた。

綿密な打ち合わせをするであろう共作小説でさえ登場人物は担任を分けるのが普通だと思うのだが、強調された外見や性格を上手く利用することによってあまり違和感が出ないように工夫されているようだ。

個人的に気に入ったのは、パトリシア．Ｃ・リーデの「いにしえの呪い」で、ライアヴェックの先住民族が崇めていた古い神「リキキ」に纏わるもの。

小さな青いシマリスの姿形であるリキキの滑稽さは、フリッツ・ライバーやテリー・プラチェットの作品に通じるものがあり、ロール・プレイング・ゲームのシナリオのようでもある。

社会思想社のＡ（Action）＆Ｆ(Fantasy)シリーズには、同社が雑誌「ウォーロック」を刊行していた関係からロール・プレイング・ゲームを意識したタイトルが多いが、本アンソロジーが出版されてから２０年以上経った今、当時の若手作家は皆ベテランとなっており、彼らの思い出のアルバムを覗くような別の価値が出てきたように感じる。

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早川書房独自のアンソロジー「ファンタジイ傑作集」の第２巻は「ドラゴン」をテーマにした６つの小編から成る。

西洋世界におけるドラゴン（＝竜）は悪魔の化身であり、神話や伝承の中では半神や英雄によって退治されるべき存在だが、本書は日本の読者向けに編まれたせいか、どこか愛嬌のあるドラゴン達が集められた。

冒頭の二編は同じ早川書房の「魔法がいっぱい！」にも収録されおり、ボームの描くムラサキ・ドラゴンは、許しがたいことに王国のチョコレート・キャラメルを独り占めしてしまう。

Ｅ．ネズビットは世界で最後の生き残りであるコーンウォールのドラゴンを描くものの、伝統に則って王女を食べてしまうどころか、王女に「ドラゴンちゃん」と呼ばれて手懐けられてしまう体たらく。

憎めないドラゴン達ではあるが、人々はやはり「退治」という目的でドラゴンに向き合っており、ある程度は伝統的なドラゴンと言えるだろう。

一方、ロバート・ブロックは、時を越えてやってきたマーリンがドラゴンの卵を置き土産にした現代のイギリスを舞台としており、サーカスの見世物にしようとする悪漢からドラゴンを守る男の奮闘を滑稽に描く。

ここでは「退治」というよりも「迫害」の姿勢が見られ、危険な動物程度の扱いになっている。

中世の思想から離れ、ドラゴンに新たな地位を提供するには、現存の宗教などから一線を引ける架空世界を用いる場合が多いようだが、ブロックのような「のび太と恐竜」方式も一つの試みとしては面白い。

しかし、ドラゴンを単なる動物のように扱ってしまうと幻想味が失われてしまい、その魅力を表現することは難しくなるようだ。

古来から「悪」と定義されつつも、今日まで様々に描かれて我々を魅了するドラゴンの不思議さは、やはりファンタジーには欠かせない存在だろう。